原貢さん死去

 プロ野球の東京読売巨人軍監督・原辰徳氏の実父で、学生野球の強豪、東海大や東海大相模高(神奈川)で野球部の監督を務めた原貢さん(79)が心不全のため、神奈川県内の病院で死去したそうです。

 原貢さんは立命館大学中退後にノンプロの東洋高圧大牟田(現・三井化学)を経て、福岡県立三池工業高等学校野球部監督に就任。無名校を初出場にして高校野球全国大会優勝へと導き、一躍その名を知られました。その後東海大学の創設者・総長松前重義の招きで東海大学付属相模高等学校野球部監督に就任すると、東海大相模は強豪校の仲間入りし、神奈川高校野球界の勢力図を塗り替えました。
 1977年に東海大学硬式野球部監督に就任すると、首都大学リーグ7連覇を達成するなどして、1996年に勇退し、東海大系列校の総監督に就任していました。

 長男の原辰徳氏が東海大相模高校に入学、野球部へ入学した際は親子鷹として話題になりました。その辰徳氏はドラフト会議で1位指名を受けて巨人へ入団、15年の現役生活の後に巨人の監督に就任。選手の潜在能力を引き出すことで、生え抜きの若手選手が次々活躍。10年間で6度のリーグ優勝と3度の日本一に輝くなど、プロ野球監督として高い評価を得ています。